春風亭 鹿の子さんインタビュー | 大和美人

『大和美人』とはグローバル化の進む現代の日本社会のなかで、女性がより豊かに美しく誇りをもって暮らすことを目的に設立した非営利団体です。

落語芸術協会 真打 春風亭鹿の子さん

寄席は飲食も出入りも自由。一日のんびり過ごしてもらい、笑いの中で、江戸の風俗、風習、人情を伝えたいですね。


はるか江戸の昔から、日本人の心に深くに息づいてきた落語。
長く男性社会が続いた伝統芸能の世界に、風薫る五月、江戸落語で女性としては六人目、 かつ初の〝おっかさん〟真打が誕生した。


伝統芸のしきたりと重圧 男性社会の壁を乗り越え、真打昇進

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鹿の子さんが、故 春風亭柳昇師匠のもとに入門したのは、新人としては少しばかりとうが立った二十代後半だった。

下町に生まれ、幼いころから父に連れられ浅草演芸ホールへ。高校卒業後、寄席の木戸銭のもぎりや裏方の仕事を一年やったが「女性には無理」と漠然と思い、ウエートレス、OL、着ぐるみのバイトなどを六年間。回り道をした末の入門である。挨拶時に持参した老舗和菓子屋の手土産から、前座名『鹿の子』がついた。

江戸落語の社会では「見習い・前座は人に非ず」とも揶揄される。まして伝統的な男性社会。楽屋には女子更衣室すらなく、代わりにあるのは「女なんて」という偏見と反発。そのうえ男でも挫折する者が多いという、厳しい前座修行。

師匠宅の家事・雑用にはじまり、寄席での呼び込み太鼓・鳴り物・めくり・色物(講釈や奇術など)の道具の回収・高座返し・ネタ帳への記載・茶汲み・師匠方の着替えの手伝いから着物の管理などなど。寄席の楽屋に一年三六五日休みなく通ってしきたりを覚えるのだ。
あいまのわずかな時間をやりくりして、師匠と一対一の稽古。噺の筋やセリフだけではなく、声の抑留や仕草、表情を口伝えで学ぶ。 
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「入門が遅かったので、年齢的に今後もっと覚えが悪くなる。その前に噺を覚えようと、五感をフル回転させて必死で叩き込みました」 

「石の上にも三年」というが、前座期間は平均四年。その間、決まった給料はない。その日の寄席の客の入りで額が決まる「割り前」制だ。

「それも一日中働いて五、六百円。少し出世して千円位。電車賃を払うとマイナスですね」

二ツ目になると雑用からの解放と引き換えに、そのわずかな収入や師匠宅での食事も無くなり、人気がないと更なる貧の時代に突入する。 
「好きじゃなきゃ、やってられないですよね。
それと『やっぱり女は……』と言われるのが悔しくて……。周囲から『頑張ってるな』と認められるようになったころには、内気だった性格もずいぶん変わりました」

鹿の子さんが落語の世界を選んだのには「好き」以外に、もう一つ理由があった。 

「言葉にコンプレックスがあったんです。昔の江戸っ子同様、拍子木が「しょうひぎ」になるなど何故か「ひ」と「し」が使い分けられず、学校でもからかわれました。ところが、落語では江戸っ子を気取るため、わざと江戸訛りで話すんです。だから私の欠点が、欠点でなくなった。おかげですごく気が楽になりました」

もとは飽きっぽい性質だというが、下町の庶民のしたたかな知恵に爆笑し、人の情にホロリと涙し、最後は温かな気持ちでお帰りいただく――そんな話芸の奥深さと、客席との一体感に魅せられて、飽きる暇もなく精進し、平成十三年に二ツ目に昇進。そして入門十四年目の今年五月、めでたく真打に。私生活では結婚もし、三歳の娘がいる。落語芸術協会(会長桂歌丸)初の〝おっかさん〟真打の誕生となった。



欠点や悩みも笑いに変えられる落語  短所に注目するより長所を伸ばす努力を


「精神的に辛かったのは、前座時代より産前産後でした。高座に長く上がらずにいたら、世間から忘れられてしまわないか、何より自分が噺を忘れてしまわないかと、不安でした。だから臨月まで高座に上がり、産後二カ月で復帰したんです。はかまのおかげで、意外とバレないんですよ。我が家は周囲に、じぃじばぁばがいないので、会社員の夫の協力が支えでした」

そんな経緯も注目されて、男女共同参画がテーマの講演や、学校寄席の依頼も増えた。 

「落語付きの講演です。例えば古典落語の『子別れ』。父の浮気でシングルマザーに育てられた子供が父と再会し〝子は鎹〟となって夫婦がよりを戻す有名な演題です。古典落語には、現代では廃れてしまった風習や言葉が出てくるものも多く、予備知識がないと話全体や下げ(オチ)が充分に楽しめないこともあります。ですが、後世に遺したい日本語や江戸言葉は、言い換えるのもどうかと思う。そんなときは『枕』でそれとなく先に伝えます」

ドラマ『ちりとてちん』や映画『落語娘』の影響で、落語家を目指す女性も増えた。 

「落語に限らず男性社会で地位を築いた女性の先輩方は皆、表には出さないけれど芯が強い方ばかり。反発を上手くかわして自分を主張する術も、先輩方から学びました。私は下町の人情を体感した世代です。肩肘張って男性と同じ土俵で競うより、自分の長所で伸びていきたい。ワイドショウ的な主婦の目線も織り交ぜながら、身近に感じる噺を得意としていきたいですね」

泣かせるより、笑わせる噺のほうが難しいという。特に古典は、話の下げが知られていて、それでも笑えるのは、噺家の技量次第だからだ。

真打昇進披露公演では、寄席のトリを連日務めるため、落語のネタも数多く必要だ。名に恥じない腕と、客に認めさせなければならない。

「二ツ目までは、師匠や先輩方とのセットだったり、師匠の財産(名前)で呼んでいただけたようなもの。また、真打昇進披露興行には、いわばご祝儀でお客さまが来てくださいます。〝真を打つ〟価値や技量が問われるのは祭りのあと。定例会のほか、自分をご贔屓くださる落語会からお声がかからなければ、仕事はありません。落語家としての本当のスタートラインは、まさに今なんです」

春風亭 鹿の子(しゅんぷうてい・かのこ)

東京都墨田区出身。
1996年「春風亭柳昇」に入門。
97年「鹿の子」で前座修業。
2001年 二ツ目昇進。
03年6月 柳昇死去後「春風亭小柳枝」門下に移籍。
10年5月 真打昇進。
古典落語はもちろん「現代事情噺」を得意とし、現在、都内の寄席をはじめ全国の落語会、学校寄席などワークショップにも幅広く出演。男女共同参画をテーマとする講演会への出演依頼も多い。一児の母。