平岩 小枝さんインタビュー | 大和美人

『大和美人』とはグローバル化の進む現代の日本社会のなかで、女性がより豊かに美しく誇りをもって暮らすことを目的に設立した非営利団体です。

代々木八幡宮 禰宜 平岩 小枝 さん

一日に一度、神様に『ありがとうございます』と拝むことができれば、心にゆとりが生まれると思います。


一歩境内に足を踏み入れれば、そこは都会の喧騒から隔絶された静寂の杜。代々受け継がれてきたその静寂の杜を、地元の伝統と絆を大切にしながら守り続ける大和美人。

神職に就くつくことの意味を多くの人に教えられた

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明治以降の一時期は、神社界は完全に男性社会であり、太平洋戦争が終わるまでの間は、一部の教派神道などを除き、女性が神職になることは認められなかったという。

近年で女性の神職が表舞台に登場するようになるのは戦争が終結してから。この頃の女性の神職は、出征して戦死、もしくはまだ帰還してこない夫に代わってお宮を守るため神職になったという例が多い。

しかし、昨今は女性が神職になる理由は多岐に渡るという。代々神職を生業とする家柄で育った平岩さんは、若い頃は神職になることなど全く考えてなかったという。

「私には姉がいるのですが、二人揃って神職の仕事には興味が薄く、大学は普通の女子大を卒業しましたし、就職先も一般企業を選びました。両親からも、『神職の仕事に就いたら、一生その仕事に従事しなければならないのだから、今はあなたがやりたいと思っている仕事に就きなさい』と言われていたので、〝自分の家の仕事〟に対して意識することってほとんどなかったんです。

ところが、私が就職した直後に祖父が病で倒れてしまいまして、余命も数年しかないとお医者様から宣告されてしまったのです。けれども、祖父は亡くなる直前まで、一生懸命境内の周辺を草むしりをしていたんです。そのときに、『神職という仕事は、死ぬまで貫かなければいけないんだな』ということを理解するようになったのです」

結婚後、姉が神職に就く気がないことを知ると、平岩家で代々受け継がれてきた神職の仕事を、「自分が継ごう」と決意するようになった。しかし、時同じくして、夫の仕事の関係でベトナムに駐在することに。

「『私が家の仕事を継ぎます」』と宣言だけして、4年間、夫とともにベトナムのハノイに行くことになりました。本格的に神職の勉強をし始めたのは帰国してからです。」

神職に就いてから、あることに気がついた。幼いころからの近所の顔なじみの人たちから、「平岩さんの娘さんなら大丈夫ですね」と声をかけられるという。

「昔から日本人が持っている感覚といいますか、私は女性であるのに関わらず、亡くなった祖父の姿と私をダブらせて見ているんです。単に神職である、というだけでなく、その地元に根付いた、大切なコミュニティの一部として見てくれているんですよね。

しかも、私が男の子を出産したときに、近所にお住まいの年配の方々が、『でかした!』と身内のように喜んでくれたのです。地元の皆さんのお宮へ寄せる想いの強さ実感した瞬間でした」



一日一度、神様に感謝することによって心のゆとりを生み出せるようになる


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神職になってから気づいたことがもう一つある。それは、仕事のONとOFFの区別がないということだ。

「会社勤めをしていたら、平日は仕事、週末はお休み、と区切りをつけられます。でもこの仕事はそういうわけにはいかないんです。家でくつろいでいても、『お宮参りで○○さんが来たわよ』と言われたら、すぐに準備してお会いしなければならないですし、ましてやお祭りやお正月の際にはたくさんの方がお宮に訪れて来られますから、休む暇もなく誰かしらと応対していることはしょっちゅうあるんです。

けれども、私は幼いころから祖父や親のそうした姿を見ていましたので、神職とはそういうものだという認識がありました。そのうえ、会社員やOLには定年がありますが、この仕事は死ぬまで働くことができる! その点も私にすれば魅力の一つなんです」

平岩さんはベトナム滞在期、日本から遠ざかれば遠ざかるほど、代々木八幡宮の自然を思い出していたそうだ。

「お宮の杜にいると、四季を感じとることができるんです。私は幼いころからここで育ちましたから、日本から離れて暮らしていると、お宮の自然の美しさはもちろんのこと、日本の良さというのもあらためて認識するようになりましたね」

最近では、神主を務めることの良さを、実感することが多いという。

「私が小学生の頃のある日、必ず神棚に手を合わせる祖母に、軽い気持ちで『毎日毎日、おばあちゃんは神様にお願いごとばかりして、何をそんなにお願いしているの?』と聞いたことがあったのです。

すると、『神様にお願いするなんてとんでもない! 私は神様に頼みごとをしたことなんて一度もないんだよ。今日一日、家族が無事でいることに対して、『ありがとうございました』って神様に感謝しているだけなんだよ』と叱られてしまったんです」

それから、平岩さん自身、中学生以降になってから毎晩、「今日もありがとうございました」と感謝する習慣が身についたと話す。

「神道には、昔からの習慣的な風習が多分に含まれています。昔の人たちが当たり前に行ってきた、祈る=感謝する、そうした行為は生きていくための大切な知恵だったような気がします。こうしたことを現代の私たちも普段の生活に取り入れることによって、ストレス解消や病気を防げるようになるんじゃないかと考えています。

悩んだときに自分や誰かを攻撃するのではなく、その日一日をケガなく、また病気をすることなく『無事に過ごせてありがとうございます』と感謝する気持ちを持てるようになれば、より魅力的な人間になっていくんじゃないかと思っています。」

平岩 小枝(ひらいわ・こずえ)

生家は東京都渋谷区の代々木八幡宮。
1989年日本女子大学文学部史学科卒業。
同年ジェトロ(日本貿易振興機構)入会、95年に退会。夫の駐在に伴い、95~98年ベトナムのハノイに在住。帰国後、神職の資格を取得するため、國學院大學神道学専攻科に進学。99年卒業。
現在は代々木八幡宮の禰宜を務める。
母は作家の平岩弓枝。