矢内 理絵子 さんインタビュー | 大和美人

『大和美人』とはグローバル化の進む現代の日本社会のなかで、女性がより豊かに美しく誇りをもって暮らすことを目的に設立した非営利団体です。

女流棋士 矢内 理絵子 さん

日本の伝統文化である将棋の世界に身を投じた矢内理絵子さんは、2008年に女王のタイトルも獲得して、文字通り女流棋士の中でもトップ棋士へとのぼりつめた。
「自ら考え、決断・行動し、結果は全て自己責任」という孤独な世界で戦う中、女流棋士として持ち続けている矜持、考え方についてお聞きしてみると、ごく普通の女性の素顔が見えてきた。


「将棋漬けの生活を送っていた小学生時代一度は辞めたものの、「私には将棋しかない」と気づいた」


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清楚な雰囲気の中にも、凛としたまなざしが印象的な若き女流棋士――矢内理絵子さんと接していると、大和美人としての芯の強さと温かさが伝わってくる。

将棋との出合いは、小学3年生のとき。将棋好きなお父さんの影響を大きく受け、ルールを指導してもらったことがきっかけだった。
「父の友人がよく家に来て、父と将棋をしていたんです。そうしたら父から手ほどきを受けまして、私も将棋を指すようになっていました」

転機となったのはそれから1年後のこと。後に矢内さんの師匠となる関根茂九段の自宅で開催されていた将棋教室に通うようになってからだという。
「関根九段に将棋を教えていただくようになってから、勝てるようになったんです。対局した大人の方が負けて本気で悔しがる姿を見て、将棋を指すのがだんだん楽しくなってきました」

小学5年生になってからはプロを目指すべく、一日5〜6時間、将棋を指す日々が始まった。学校から帰ってきて、宿題と食事をすること以外は、全ての時間を将棋に充てていたという。

109号p32-331.bmp「周りの友達はゲームや好きなアイドルの話をしていたのですが、私は好きなテレビ番組を見ずに、ひたすら将棋盤と向き合っていました。でもそうした生活が嫌になって、中学生のときに一度だけ将棋を辞めてしまったことがあったんです。『これで将棋から解放される』と辞めた直後は内心ホッとしていたのですが、将棋をしない、普通の生活をしていても物足りないことに気がついたんです。それから1週間後にはまた将棋を指す生活に逆戻りしていました」

その結果、中学2年生のときには女流棋士になることができた。このときには、「タイトルを獲れるようになる」ことと、「男性棋士と互角に戦えるようなる」ことを目標として掲げた。
「この世界のことを知れば知るほど、〝男性棋士と対等に戦える女性になりたい〞と思えるようになりましたね。それを達成した女性棋士はいなかったので、私が一番に達成したいという気持ちが強かったです」

高校を卒業してからはプロの棋士として、将棋一本の生活をするようになったが、このときが一番辛かったという。
「食事をすること以外は将棋をしていました。学校に通っていたときは勉強と将棋の時間を両立してやっていたのですが、いざ将棋中心の生活となると、マンネリ化してだらけてしまうこともありましたから、時間のメリハリをつけることを大切にしていました」



勝てない時期が長く続き、出した答えは「一つ一つを積み重ねていくこと」


109号p32-332.bmpしかし、将棋漬けの生活になったものの、26歳になるまで女流名人位のタイトルを獲得することができなかった。10代から20代前半にかけては、5つある女流棋士のタイトルすべてを獲得したいという目標があったそうだが、今は目の前の一局に集中して取り組んでいこうと考えるようになったと話す。

「9年間、タイトルに挑戦しても勝てないという時期が続いたんです。私なりに分析した結果、先のことを考え過ぎてしまったから、目の前の対局でつまづいてしまうのではないかという結論に達したんです。

女流名人位のタイトルを獲得したときに、先の目標ばかり追うのではなくて、一つ一つの結果を地道に積み重ねていくことが大切なんだというふうに考えるようになりました」

さらに矢内さんは、将棋が人とのコミュニケーションで役立っているという。
「将棋では相手の20手先くらいは読めるようになるんです。人間関係は相手がいてこそ成り立つものですから、こういうふうに話したらいいだろうなとか、常に相手の先手を読んで発言することができるようになりました。ですから相手を怒らせたり困らせるといったことはないですね。それと以前よりも衝動買いをしなくなりました(笑)これを買ったら必要かなとか、頭の中でシミュレーションしてから買うようにしているんです」

さらに勝敗にかかわらず、対局後は常に分析をしているそうだ。
「何でもやりっぱなしはよくないと考えています。どこがうまくいって、どこが悪かったかを自分で把握しておかないと、たとえそのときは勝ったとしても、次回同じ相手と対局した場合は、反対に足元をすくわれてしまうと思うんです。ですから一戦一戦の対局を分析しておくことによって、次に対戦したときに生かすようにしています」

伝統文化としての将棋を女性の手で育んでいきたいという矢内さんは、対局の際には必ず着物を着るという。
「将棋を始めたとき、将棋の専門誌で男性が着物を着て対局していた姿を見て、〝格好いいな〞と思ったんです。女性は和服を着なくてはいけないという決まりはないのですが、私はあえて着物を着るようにしています。これまで将棋というと、近寄りがたい、とっつきにくいというイメージはあったと思いますが、私が和服を着て将棋を指している姿を見て、『将棋っていいよね』という感覚を一人でも多くの方に持っていただき、将棋を普及させていけたらと考えています。スポーツやビジネスの世界でも、女性が活躍している業界は活気があるというイメージが強いので、私も将棋界でその担い手になりたいという気持ちは、これから先も持ち続けていきたいですね」

矢内理絵子(やうち・りえこ)

1980年1月10日生まれ。埼玉県行田市出身。
8歳で父親に将棋を教わる。関根茂9段門下。
90年女流育成会入会。93年4月プロ(2級)に。
95年の第6期女流王位戦でタイトル戦初登場。
97年第8期女流王位戦で清水市代を下して初タイトルを獲得するも翌年失冠。
06年2月の第32期女流名人位戦で2度目のタイトルを獲得。
07年2月レディース・オープン・トーナメント優勝、3月には女流名人位タイトルを初防衛。
08年2月女流名人位タイトルを二年連続防衛、三連覇を達成する。
また、4月新設された第1回マイナビ女子オープンにおいて初代女王の座も獲得し、自身初の二冠となる。その後、09年2月女流名人位は失冠するものの、09年7月女王タイトルは防衛し、二連覇を達成。
09年7月脳科学者茂木健一郎氏との共著『女脳~ひらめきと勝負強さの秘密』(講談社)を発刊。